さて。
しばらく更新しない間にあたし、
ついに30才になりました。
大人の10代です。
じゃーーーーん。
いろいろ、お祝いしていただいちゃいました。
シーに行ったのは、あたしはミッキーの中でもファンタジアの
あの魔法使いのミッキーがとても大好きで、
今シーではそのショーをやってるとのことなので、わがまま言いました。
叶えてくれてありがとう。
お誕生日会の居酒屋では、
大好きなママの友だちがかけつけてくれました。ママなのに居酒屋!!
ということがうれしくて久しぶりのお酒で、
変なテンションになってたと思います。
ただ、これ、チューハイというかサワー2杯です。これが現実。
あと、お誕生日の少し前に
延期になってた小田さんのライブへ静岡まで行ってきました。
実はこっそり持っていったお父さんの形見や使ってた香水まで入った
猫バスのお父さんポーチ。
1人で席で見るときにこっそり出してたひさしぶりに出すお父さんの形見の腕時計。
これは、お父さん亡くなってすぐ、
東京で暮らしながら、ずっとあたしがつけてた腕時計。
少しバランスを崩していたときにふと止まった。
「少し休めってお父さん言ってるのかもよ?」と言われ、
腕時計をしなくなり、1年が経った頃すっかり元気になった。
ふと思い出して腕時計を出したときに、止まってたはずの時計が動いてた。
やっぱりあのとき、俺のことはもう悲しまないで前に進めと言われたのだと思った。
そして。
小田さんのライブでふと握ってたその久しぶりの腕時計の時間を見ると
26日の10時10分をさしてた。
実はお父さんが本当に息を引き取った時間は誰にもわかってない。
だって。病院からあの日電話があったとき
「9時の見回りでは大丈夫でしたが、11時の見回りでは息をしていませんでした」だったから。
先生が急いで人工的に心臓を動かしていてくれて
かけつけるといった人全員揃った瞬間を亡くなった時間にしてたけれど、
本当に息を引き取った時間は、わかっていなかったから。
実はずっとそれが気になってた。
心残りだった。
26日の10時10分。
それはまさに、お父さんが旅立った時間だったのだと直感的に思った。
そんな気持ちで見てた小田さんのライブ。
「たしかなこと」「言葉にできない」を聴けた。
一緒に見れたような気がした。
ついには「ダイジョウブ」でさえ聴くことができたんだから、幸せだ。
「そんな風にちょっとかっこつけるとこ、お父さんらしいね」と
帰り道であっきんとお母さんと笑った。
お母さんはこっそり、小田さんのグッズのクマのストラップを買ってた。
1つあたしにくれるらしい。
興奮気味のお母さんがかわいくて、嬉しかった。
小田さんは、ツアーバス見るだけで泣けると、
最後の挨拶のときには、涙で話せなくなっていた。
両手でマイクを持っていたり、ジャンプしていたり、
「どーもー!」と照れくさそうに叫んでいたり、
こんなかわいい人だったんだーと、胸がきゅんきゅんした。
誕生日には、きれいな花束を買った。
洋花中心で、白と赤でとお願いしたらこんなきれいにしてくれた。
お父さんも赤好きだったよねーとお母さんが笑った。
そんなこと初めて知ったけど、
あたしの赤好きまでお父さんに似てたとは、と、ちょっと笑った。
お父さん、ありがとう。
お誕生日がくるたびに、最期にあたしの誕生日にくれたメールを思い出す。
「麻梨がうまれた日は雲ひとつない天気でした。
今日の天気はなんでしょうか。
風邪、早く直せよ。父」
そのたびにこっそり、なんでもっと大事にしてあげられなかったのだろう、
と、少し悔やみながら
偉大なお父さんに感謝しているのです。
お父さん。
あたしの毎日はまた少し、理不尽が積み重なりはじめてる気がするけど
体に気をつけながら、愚痴を言わずに頑張ることにするよ。
だから。
見ててね。